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中国の文体改革 : 胡適"八不主義"とその展開
http://hdl.handle.net/2065/2741
http://hdl.handle.net/2065/2741f627ca79-a81d-47f1-bfca-4234adfd77db
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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公開日 | 2008-04-23 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | 中国の文体改革 : 胡適"八不主義"とその展開 | |||||
言語 | ||||||
言語 | jpn | |||||
キーワード | ||||||
主題 | 八不主義, 文学革命, イマジストクリード | |||||
資源タイプ | ||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||
著者 |
鈴木, 義昭
× 鈴木, 義昭 |
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著者別名 |
Suzuki, Yoshiaki
× Suzuki, Yoshiaki |
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抄録 | ||||||
内容記述 | 日中両国の文体改革の流れを見ると, ともに外圧的な動きの中で形成されてきた点に類似した面がある.日本の「言文一致運動」は, 明治維新, 外来文化の流入と同時に起こったのではない.中国の文体改革運動の<文学革命>, 清末の洋務運動・辛亥革命以来の洋化運動と直接に連動して始まったものではない.「言文一致運動」が明治二十年代, <文学革命>が1910年代後半と, ある一定の慣熟期間を経て醸成して来た点でもまた同様である.本稿では, <文学革命>のスローガンである, 胡適の"八不主義"の顛末を主として眺めてみたい.すなわち;1916年8月に「寄朱経農」から始まり, 1916年10月の「寄陳独秀」, 1917年2月の「文学改良芻議」(以上三者はアメリカで書かれる)経て・1918年4月叫建設的文学革命論」に至って定稿となる.いずれも八力条からなっており, 「建設的〜〜」で初めて, 文頭に「不上字の冠された"八不主義"が完成する.<文学革命>および"八不主義"は, 様々な問題を内包したスローガンである.アメリカのニュームーブメントを主導したイマジストクリードとの関連も見逃しがたい.ただ中国では, <文学革命>は単に文学の形式を変えるというだけでな<, 「文言と白話の木目克」の解消という文体論的課題を持っている.またそれは, 「五四運動」の先駆として, 数千年来の奥深い文化的側面の改革をも意味しているわけで, とても一日にして論是られるものではない."八不主義"の生成過程を辿ることにとって, そうした一端を考えてみたい. | |||||
書誌情報 |
早稲田大学日本語研究教育センター紀要 巻 10, p. 1-15, 発行日 1998-03-31 |
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ISSN | ||||||
ISSNタイプ | ISSN | |||||
収録物識別子 | 0915-440X | |||||
NCID | ||||||
収録物識別子タイプ | NCID | |||||
収録物識別子 | AN10088548 | |||||
日本十進分類法 | ||||||
主題 | 810 | |||||
その他の寄与者 | ||||||
早稲田大学日本語研究教育センター | ||||||
データタイプ情報 | ||||||
関連名称 | text | |||||
HDL URI | ||||||
http://hdl.handle.net/2065/2741 |